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時の人 スポーツJ「時の人」は
アメリカで活躍する方々をご紹介するコーナーです。
文化的、社会的に貢献されている人々に
さまざまな角度から焦点をあてご紹介いたします。
バックナンバー
2008年4月4日号掲載
ena サンノゼ校・
サンフランシスコ校校長
高橋清志氏
ayaka

 

  Kiyoshi Takahashi
   
お子さんのいるご家庭の最大の関心事は教育の問題だ。特にいずれ帰国を控えた家庭にとって教育は頭の痛い問題だ。青少年期に異文化のなかで生活することは人間形成にとって貴重な体験であることは間違いがない。しかし、帰国編入、受験という関門を前に海外生活をむしろ後悔してしまうという悲劇的なケースも稀ではないようだ。そうならないためには日頃の準備が大切になってくるが、受験勉強の環境にない子供と家庭の努力には限界がある。どうしても経験に裏打ちされたノウハウと豊かな情報をもったサポーターが必要だ。そんな家庭のニーズに応えているのがenaだ。この3月にそのenaサンノゼ校、サンフランシスコ校の校長として高橋清志氏が赴任した。
 
 

教育の両義性

 教育というものはアンビバレンツなものだ。高橋氏に教育理念を問うと、「矛盾するようですが」と前置きして、「本質的には『自由に学ぶ』ということですね。つまり与えられたものを受動的に身に付けてゆくのではなく、周囲の世界に関心をもち枝葉を広げるようにそれぞれの世界観を形成してゆくということですね。しかし、一方先生としての立場からすると教育にはある種の『型にはめる』という側面があります」と語る。
Educationという英語の語源が、ラテン語のe-(外へ)+ducere(導く)というものであって、従って教育の原義とは「子供に内在する可能性を外に引き出すこと」だという説明がよくなされる。そうだとするとそこには子供の側からすれば自分の才能や可能性が開花してゆくという自由な活動の側面があるが、「引き出す」という点に着目すればそこには外的な作為、方向付け「型にはめる」という面もある。では、高橋氏の場合、その型とは何だろうか。
「それは日本の歴史や文化ということになりましょうか。例えば正しい言葉遣いとか。そのためには文学をきちんと教えてゆかねばならない。しかし、そうしたことは文部科学省のプログラムからはそぎ落とされています。誤解を恐れずに言うならば、文化を伝えてゆくということにはおしつけという面があります。」

公教育から私教育へ

 文部科学省の教育プログアムのそぎ落としという点では、これまで「ゆとり教育」ということが叫ばれ、学校教育の内容がどんどん縮小されてきた。しかし、子供たちの学力低下を目の当たりにして「ゆとり教育の見直し」が声高に語られる。この教育行政の混乱を高橋氏はどのように見ているのだろう。
「ゆとり教育大歓迎です。つまり公教育は縮小すべきなのです。日本の近代化に果たした公教育の役割には大変大きなものがあります。しかし、時代は変わりました。ここまで成熟し、個別の教育ニーズが多様化した社会でそれらを一括して公教育が担うのは無理な話です。公教育には必要最小限の役割をきっちり果たしていただいて、後は我々私教育にお任せ下さい、ということです。」


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アメリカ
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 高橋氏はアメリカで教育に携わって十数年。大学院で経済学を学んでいて恩師に「海外を見ておくように」と言われていた。そんな折り、この仕事で「アメリカに行かないか」という話があり、飛びついた。アメリカを見てきてどんな感想をもっているのだろうか。
「反則の国って感じはしますね(笑)。資源が豊で農業生産力が高い。南北戦争以降自国が深刻な戦火に晒されたこともない。国力がありすぎですね。日本はずっとアメリカになろうとしてやってきましたが、限られた範囲内でやりくりして永続性を図るヨーロッパの方が日本のモデルになるんじゃないでしょうか。」

    
 
言葉の力
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 新校長としてenaサンノゼ校、サンフランシスコ校をどのような方向にもってゆこうとしているのだろうか。
「一言で言えば、前任の校長の残した実績を維持し発展させてゆきたい、ということです。アメリカにいる子供達は日本の悪いところからうまく遮断されていますし、良かれ悪しかれ親の目の届く範囲にいる期間が長いですから、素直なよい子が多いです。ただ、受験というものに関しては差し迫った感情をもってはいない。受験は子供達にも指導する側にも成果が求められるものですから、子供達に意識を持たせることは大切ですね。また、もう一つの方向性としては幼児教育に力を入れたいと考えています。これは受験という枠にとらわれず広く日本語の能力の維持と向上を図るプログラムです。」
意識をもたせる、それはとても大切なことだ。先ほどの教育の原義に戻るならば、それは「引き出す者」としての教師の最も基本的な役割だと言えよう。しかし、教育の現場では基本的なことこそ難しい。それについて高橋氏は「教育というものは結局のところ人と人とのふれあいです。先生の一言が生徒を変えてしまうということがあるのです。例えば私の場合は『やらなければなにも起こらない。やる前に諦めてはいけない』という言葉がそうでした。言葉としては当たり前の些細なことです。しかし、ほんの些細なことが、それをその時にその人が言ってくれることでとても大きな力となる。それが言葉の力というものです。実は結局先生のできることというのはそれしかないんじゃないかと私は思うんですenaが誇りとするのはそうした言葉をもっている先生方を揃えているところです。」と言う。
  日本語には「薫陶」という言葉がある。「大辞林」によれば「『香をたいてかおりをしみこませ、土をこねて形を整え陶器を作る意から』人徳・品位などで人を感化し、よい方に導くこと」だ。enaの先生方が自ずから由とするところに従って、学ぶ生徒達の可能性が自ずから開花する。とすれば先ほどの高橋氏の教育理念も矛盾すものではない。花は強制されて咲くものではない。咲くべき環境において咲くべくして咲くものだ。

 

 

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笑顔で生徒達と話す高橋氏。このふれあいの中で生徒達は学ぶ「楽しさ」を知る。
 
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