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時の人 スポーツJ「時の人」は
アメリカで活躍する方々をご紹介するコーナーです。
文化的、社会的に貢献されている人々に
さまざまな角度から焦点をあてご紹介いたします。
バックナンバー
2008年3月14日号掲載
テニスプレーヤー
奥野 彩加さん
ayaka

「時の人」今回はファミリー編です。

USTA(米国テニス協会)で明日のトッププロを目指して頑張っている
奥野彩加さんとそのご家族をご紹介します。

  Ayaka Okuno
 
 
 
 

プロを目指して

shot 先頃、テニスの錦織圭選手の活躍が大きな話題になったが、ここベイエリアにもUSTA(米国テニス協会)のもとで明日のトッププロを目指して頑張っている女の子がいる。奥野彩加さん(12歳)だ。2007年は12歳以下の全米ランキングはシングルスが5位、ダブルスは1位という堂々たる成績。2008年も1月1日に行なわれた全米最大のナショナルトーナメントの決勝戦で、シングルスでは準優勝に甘んじたもののダブルスでは見事優勝したのを皮切りにU14以下の大きな3大会に出場し、現在17連勝中で通算19勝1敗(2月20日現在)。U−14のナショナルランキングも昨年末223位から僅か二ヶ月で160人以上をごぼう抜きする驚異的な躍進で61位、U−12では何と全米5位だ(3月5日現在)。日本からも用具などのサポートのオファーが来ている。

 彩加さんは、「テニスが私の命。プロになりたい」と言う。プレーのスタイルはチャンスとみればガンガンゆく攻撃型だ。憧れるプロは「コートの使い方のうまいフェデラー、根性のシャラポア、集中力のアガシ」、そしてグラフだ。2006年US Open のイベントで彩加さんのプレーを見たグラフが特に望んでしばらく、自ら彩加さんとラリーを行なったという。USTAのコーチも彩加さんに注目しており、将来有望と目されていることは間違いがない。

 その彩加さんがテニスと出会ったのは5歳の時だ。お母さんの恵さんの奨めだった。「はじめは子供たちに英語を学ばせる為に何かスポーツをやらせるのがいいかなと思ったんです。彩加は昔から握力が強かったのでテニスなんかいいんじゃないか、という親の勝手な思い込みで始めたんです。そうしたらはまってしまって」と語る。負けず嫌いの彩加さんはメキメキとテニスの腕を上達させた。8歳の時に初めて小さなトーナメントに出場した。10歳のグループで初出場、初優勝。「こりゃ、いけるんじゃないか」。こんどはお母さんとお父さんの貴史さんもはまってしまった。

チャレンジ!奥野Family

family トーナメントの出場回数も増えてくる。はじめは1時間程度で行ける範囲の試合に、やがてそれが2時間以内、3時間以内と範囲が広がり現在ではアメリカ全土を飛び回る。年間約120試合をこなす。遠い遠征先ではホテル住まい。恵さんが炊飯器を抱えて同行し、彩加さんの食生活と健康管理に気をつける。やがて最初に書いたようにランキングも上がり、プロを目指す具体的な手ごたえも感じられるようになってきた。

 そんな時、貴史さんは勤め先から帰国を打診された。「日本でアメリカと同じような環境で彩加にテニスをさせてやれるだろうか」。悩んだ貴史さんと恵さん。何とついにアメリカに残るために転職してしまったのだ。

 というと、なんだか彩加さんをプロにすることを中心にして奥野さん一家の生活がまわっているようだが、実はどうやらそういうことではなさそうだ。奥野さん一家のお話を伺っているとそんな青筋たった悲壮感など微塵も感じられない。ここまで彩加さんのテニスをサポートしてゆくには当然ながら苦労もあるだろうが、奥野さん一家はむしろそのこと自体を楽しんでいるかのように見えるのだ。

 前向きにチャレンジ!それが奥野さん一家のポリシーだ。娘のテニスのために転職というのもはたで聞く者が思うほど大したことではないのかもしれない。というのも今回が貴史さんにとって初めての大決断ではないからだ。もともと貴史さんは日本で大手証券会社のバリバリの営業マンだった。営業成績はトップクラス。もちろん給与だって申し分ない。しかし、やがて貴史さんの胸には疑問が湧いてくる。「毎朝7時には出社していました。それで夜は11時、12時。じっくり家族と向き合う時間もない。これでいいのか」。それで、もともと海外勤務が希望だった貴史さん、その希望が会社に受け容れられなかったことをきっかけに退職、カナダへの留学を決意する。すでに二人の子供がいた。

 当然奥さんの恵さんは大反対。ではなく、あっさり賛成。「私達は明るく楽しい家庭が作りたかったんです。それが家族の時間も満足にもてない。それじゃ金銭的に余裕があったとしてもむなしいなと思いました。『何で止めないの!?』と言う人もいましたが、まあ、なんとかなるだろうと。お金に換えることのできない大切なことがありますから」。貴史さんは「友人から『お前より奥さんが偉い』と言われました」と笑う。そして1年間の留学を経てある日本企業に再就職。ダラスに赴任し念願の海外勤務が始まった。そして2度目の転職。「私の人生、だいたい10年周期で転機が訪れるんですよ」と貴史さんはこともなげに言う。


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家族の笑顔の輪に囲まれて
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shot テニスが彩加さんの人間形成にプラスになっている。そう奥野さん夫妻は感じている。貴史さんが彩加さんにいつも厳しく言うことは「しっかり目標を持つこと」。そしてそのために「あきらめない」「あわてない」「あそばない(ラケットをしっかり握って無駄なアソビをつくらない)」「自信をもつ」「自分に負けない」ということだ。もちろんこれはテニスに留まらず、人生そのものに当てはまることだ。彩加さんはこれらの言葉を復誦して試合に臨む。時にコートでは孤独なこともあるだろう。しかし、父親の言葉がそして家族みんなの笑顔が彩加さんを支えている。

    そう、「笑顔」それが奥野さん一家にぴったりの言葉だ。奥野さんご夫妻、彩加さんにインタビューしていて印象的なのは同席した彩加さんのお兄さん、寛明君がにこやかにその様子を見ていたことだ。「家族みんながニコニコ笑っている生活をしていたい」と恵さんは言う。いくら彩加さんのテニスが将来有望だとしても、そんな家族の描く輪をそのためにいびつに変形させるようなことはしたくない。テニスも学業と両立させることが大前提。彩加さんは毎日厳しい練習の後クタクタで宿題をこなし、週末は試合、時に遠征で学校を休まなければならないなか学校の成績は落とさない。「子供達には頑張れる人はどれも頑張れると言っています。とはいえ、やっぱり大変だなと思います。子供達が頑張っていてくれるので親として幸せです」と恵さんは言う。彩加さんにもそんな親御さんの気持ちはしっかり伝わっている。「お父さんもお母さんも、いつも一生懸命サポートしてくれて感謝しています。二人とも私が頑張っていることがうれしいと言っているのでもっともっと頑張りたい」と彩加さんは笑う。家族の絆が彩加さんの、家族それぞれの元気の素だ。US

JAPANのプレート持ちたかった



with元プロテニスプレーヤー、グラフと
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