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時の人 スポーツJ「時の人」は
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2006年9月22日号掲載
IMP Foods 社長 古田正光 氏
IMP Foods 社長 古田正光 氏
今回は先ごろ社屋をサンマテオからヘイワードに移転したシーフードの卸会社、IMP Foods の古田正光社長を新社屋にお訪ねした。
同社には毎日、日本国内からはもとより、世界中からシーフードを中心とした食材が輸入され、扱う商品は2000アイテムを超えるという。
その商品の流れを統括する古田氏の原点からお話を伺った。
PROFILE MASAMITSU FURUTA
1960年 誕生 愛知県出身
1985年 International Marine Products サンフランシスコ支店入社
配達、マグロ担当、ブランチマネージャーを経る
2001年 社名変更 IMP Foods としてスピンオフ
社長に就任
2005年 International Marine Products 副社長兼任
出発点となった問いかけ
人はなぜ生きるのか。幸福とは何なのか。シンプルだが人間にとって根源的な問い。それに古田氏は少年時代から向き合ってきた。「いや、別に死にたいと思っていたとかじゃないんですよ。ただ、そうした問いかけが頭か離れなかったんですよ」と氏は言う。高校生になってクラスの友人たちが進学や女の子の話に花を咲かせていても今ひとつ話題に乗り切れない自分に気付いていた。「いい学校に行って、いい会社に入って、少しでも金持ちになる。でも、それって本当に幸せなのか。」高度成長時代、日本が驚異的なペースで「豊か」になってゆくなか少年時代を過ごし、オイルショックによる成長の終焉と公害など残された社会的矛盾を目撃した多感な青年にとって、「物質的に豊かであること」と「幸福であるくと」はそのまま等価ではなかった。
「そんなときに『禅人禅話』という本に出会ったんです。その本は中学生のころ母が買い与えてくれたものです。しかし、中学生のワルガキにそんなものに興味があるわけありません。長いこと埃を被っていたのですが、ある日ふと開いてみたんです。」達磨大師のエピソードに目がとまった。悩み、不安を訴える人に大師は「それなら悩める心をここに出して見せてみよ」 と言った。その人が「それは無理です。心には形がなく実体がないからです。」と答えると、大師は「それならすでにして安心だ。実体のないものに悩みがあろうはずもない」と答えたという。「悩みは実体のないものに仮託して人間が勝手に作り出している幻影、煩悩に過ぎなかったのかと、はっと、目から鱗が落ちたような思いでした。」
しかし、求道的な古田青年はかえって思いつめてしまう。「安穏と大学に進学している場合ではない。いや、行くにしても苦学せねば」と思い込んでいたのですが、母が見かねて『それじゃ、ちょっとお寺に籠もってみたら』と手配してくれたんです。」こうして岐阜県の金華山にある寺に籠もることになった。「いや、怖かったですよ。私が寝ている板の間の障子を開けると骨壷が並んでいましたからね。こりゃ、えらいところに来てしまったと。でも、よい経験でした。期間も短かったですし、とても修行と呼べるようなものではありませんでしたが、高齢の和尚様が私の話を聞いて下さって『行く先にわが家ありけり』と書いて下さいました。お礼を言ってお寺を出てくるとき、ふと門前に咲いていた雑草の花が目にとまり、その美しさに感動したことをよく覚えています」と古田氏はふりかえる。
信頼関係を大切に
古田氏のお話を伺っているとお母様が氏の人生行路に与えた影響が大きいように思われるが、アメリカに来る種をまいたのもお母様のようだ。「アポロ計画が世界中の話題を集めているころでした。夜中たたき起こされてテレビの月着陸のシーンなんか見せて『お前もなにかやるんだったら、大きなところへ行きなさい』って言うんですよ。」お父様は材木業を営んでいた。古田氏がちょうど自分の生きる道に思い悩んでいた頃、今太閤田中角栄が首相に登りつめ世の中は上昇志向、おまけに田中角栄が「日本列島改造論」をぶち上げて列島上げての建設ブームに沸いた。「あの頃はよかったんですが、景気が躓いて。その上新建材が出回るようになって、ある日父が『もうこの商売もダメだから、お前は自分で自分の道を見つけろ』って言うんです。私は一人息子なんで、父の仕事を継ぐつもりでいましたから『困ったな』と思いました。」
それでお母様の言葉に導かれるように、学生時代にまず旅行でアメリカにやってきた。 その広さに魅せられた。「私は広いところ、高いところが好きなんですよ。馬鹿の典型ですね。」と氏は笑う。その時、折角の旅行なのに写真は一枚も撮らなかった。「ここに戻ってくるぞとすぐ心に誓いましたから。」そして再びアメリカへ。今度はレストランを開いている親戚のもとで働き始めた。そこで出入りの魚屋に「自分のところで働かないか」と声をかけられたのがIMP社、業界に入ったきっかけだった。今から20年前のことだった。
「当時は2人で15軒くらいを回っていました。自分で仕入れて、自分で選んで、自分で配達して、そしてお客さんに怒られて、そうやって仕事も魚のことも覚えたんです。」以来20年、現在は社長として社を率い、先ごろヘイワードの広い社屋に移転した。「移転の目的の一つはより充実した商品管理を行うためです。申すまでもなくうちは生鮮をあつかっておりますので商品管理が命です。魚は温度管理が大切で、低温管理しなければなりませんが、かといって凍らせてしまってもいけないのです。もう一つの目的は労働管理。社員のみんなに効率よく安全に働いてもらうためです。この安全には社員自身の安全、そして商品のひいてはお客様の安全が含まれています。」
IMP社の取引相手の約80%がレストラン。スシレストランなど日本食レストランが主だが、徐々にフレンチ、イタリアン、カリフォルニアなどのレストランしかも高級店の顧客が増えてきたという。しかし、アメリカのシェフたちは海産物の知識に乏しく、顧客に情報を発信し啓蒙してゆくことが大事だと言う。例えばキハダマグロとバチマグロの肉質の区別がつかない。ある時、最上等のバチマグロを納入したら包みも開けずに返品すると言うんです。ビックリして聞くと『これは柔らかいから古いものだ』と言うんですよ。また、川魚を扱うときの注意点もわかっていなかったりします。」古田氏はそうした困難や誤解にぶつかる度に粘り強く商品の説明をし、啓蒙し、顧客と信頼関係を築いてきた。
「うちは自分たちでボートを出して魚を捕ってくるわけではなく、サービス業と物流です。物流という面では先ほど申し上げた商品管理と労働管理が大切です。そしてサービス業という面ではお客様に合わせた商品を厳選することが大切になります。そのためにはお客様とよくコミュニケーションをとり信頼されること、そして商品を厳選するための目が必要です。商品である食材を理解するためには自分で食べてみることというわけで、IMP社ではおいしいものの情報を手に入れると魚介類に限らず、手に入れて社員で食べてみることもあるそうだ。
還元すること
順調に業績を伸ばし発展しているIMP社だが、今後の展開について伺った。「そうですね、目標はやはり全米展開ですね。うちは基本的に楽しくやってゆこうというスタンスです。しかし、この『楽しく』というのは目標を設定し、そこに向けてみんなでチャレンジして到達してゆくという生き生きとしたチャレンジャー精神と達成感のことです。社員の平均年齢は35歳という会社ですから頭は柔軟に『まずやってみよう』という精神でがんばっています。ただし従に業績を伸ばすことに走るよりも、お客様、関係する業者そして社員の信頼関係を強固なものとしてしっかり大地に根を張った会社にすることが大切だと考えています。」
全米展開を目指す古田氏の経営哲学には氏の出発点だった問いかけが生かされている。「人がこの世にある意味の一つは『還元すること』じゃないかと思うんです。うちは魚を商品として扱っていますが、言ってみれば魚というのが媒体となって皆様とコミュニケーションをとっているのだと思います。私どもはお客様によいものをお届けして美味しいものを食べる喜びを味わっていただく、そして私どもはお客様から喜んでいただけたという満足感を頂戴しているということです。また、私は社員たちが生き生きと仕事ができるようにしてゆくのが自分の仕事の一つだと思っています。そのムードの中で社員たちが育ってゆき社内で活躍してくれれば有難いし、また仮にその社員が他に移ったとしても移った先で活躍すればそれはそれで世の中に還元したことになりますから。」と語る古田氏のモットーは、「Make it Happen」。「人はなぜ生きるのか」という青年時代悩んだ自らへの問いかけに対する答えがそこにはある。
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